シラクサとパンタリカの岩壁墓地遺跡 2022.9.18(日)


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登録年:2005年 登録基準:(ⅱ)(ⅲ)(ⅳ)(ⅵ)文化遺産

イタリア共和国

 

イタリアシチリア島東部にあるシラクサとパンタリカは、3,000年前に興った地中海文明の歴史的遺物が残る都市。

もともと先住民のシチリ(後のシチリア島の語源)がパンタリカに住んでいた。採掘場の岩肌からは紀元前13~7世紀にかけての墓が5,000以上見つかっており、ビザンツの痕跡も残る。

そのパンタリカから海に向かっていくとシラクサの港につく。古代ギリシア人は海洋民族で各地に定住地を求めて旅していた。シラクサは地中海の貿易圏の中心に位置しており、ギリシア人が住むようになった。ギリシア時代の神殿や劇場、地中の水路網が造られ、一時ギリシア人の本拠地アテネより人口が多く栄えたと言われたそう。

後に古代ローマ人に占領され、地中の水路網は墓地として利用された。円形闘技場や要塞が残る。

 

 

九寨溝:歴史的・景観的重要地区 2022.9.4


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登録年:1992年 登録基準:(ⅶ)自然遺産

中華人民共和国

 

九寨溝は、びん山山脈のカルスト台地が侵食されてできた3つの渓谷と、地殻変動と氷河の活動でできた湖沼、瀑布からなる景勝地

チベット族の村落「寨」が9つあることから名付けられる。今では観光地化のため、村は3つしか残っていないそう。

石灰岩の成分が青やオレンジなど色彩豊かな反射を起こし、その美しさから神話や童話の世界に例えられる。

 

 

そもそもこんなにも青く見えるのか。それには色んな条件が重なる必要がある。

光と絵の具の三原色(色とは何か)

光と絵の具の三原色(色とは何か)

まず、光の3原色。光は青、緑、赤の3つの色でできている。

そして、3つの色が混ざると白っぽく見える。それが光の色。

それ以外のものの色は、どうして見えるかというと、光がものにあたり反射して見える。光がものに当たると、光の一部が吸収されて、残った色が目に届いている。

 

コップの水に色がないのは、距離が短いから。

水の性質として赤色の光→緑色の光→青色の光の順に吸収しやすい性質がある。

そのため、水の中の距離が長いと、赤い光が吸収されて緑と青の光が残る。

・湖の底が白い(石灰などの成分が岩などを白くする)

・水深が深い

・水がきれい

などの条件が必要になる。

北海道の湖でも美瑛の「青い池」や弟子屈の「神の子池」などがとても有名であるが、水がきれい、水深がある、成分など条件が揃っていることが多い。

 

こういう事を知ると、湖が青くてきれいでも、ただきれい!と思うだけではなく、理由を知った上で見るとより魅力的に見えると思う。

光の事で考えると、逆に夕陽はなぜ赤い?と不思議の思う。

水での吸収は赤が早かった。しかし、赤は波長が長い。空では水の中のように吸収される訳ではないから、波長の短い色から空の空気やほこりにはじかれて消えていく。

昼間だと、太陽と地球の距離が短いため、そこまで色がわからないが、朝や夕は太陽と地球の距離が遠くなるため、空気中を通る太陽光の距離が長くなるので、波長の短いものから見えなくなっていく。

光の不思議な性質について(夕日はなぜ赤いか)|NTTデバイス ...

色って本当に不思議。

 

 

 

 

 

セレンゲティ国立公園 2022.8.21


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登録年:1981年  登録基準:(ⅶ)(ⅹ)自然遺産

タンザニア連合共和国

 

タンザニア北部に広がるセレンゲティ国立公園は、地球上で最も多くの哺乳類が暮らす場所として知られるタンザニア最大の国立公園である。

セレンゲティタンザニア語で「果てしない草原」を意味し、広さは1万4,763㎦、生息する動物は約300万頭に上る。

1979年に世界遺産に登録された『ンゴロンゴロ自然保護区』は、1959年にセレンゲティ国立公園から分離されたもの。

 

このセレンゲティの豊かな生態系を世に知らしめ、その保護に尽力したのがドイツ人獣医ベルンハルト・グジメックとその息子ミヒャエルである。

近年、経済発展の目的で、セレンゲティ国立公園内の北側を通る道路の建設計画がタンザニア政府によって提案されたが、動物の移動を妨げ生態系を崩すとして建設中止が求められている。

セレンゲティ国立公園 - Wikipedia

セレンゲティ国立公園 - Wikipedia

 

タンザニア

https://okavangomoremi.web.fc2.com/3115/Tanzania/Tanzania.html

地図から見てもわかるようにアフリカ内でも有数の大自然が多く残る国でもある。

 

ティヴォリのエステ家別荘 2022.8.14(日)


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登録年:2001年  登録基準:(ⅰ)(ⅱ)(ⅲ)(ⅳ)(ⅵ)

イタリア共和国

 

イタリア中部のティヴォリにあるエステ家の別荘は、枢機卿イッポリート・デステによって建てられた。

庭園には、人の往来で水が流れる「楕円の噴水」や、水圧でオルガンが自動演奏される「オルガンの噴水」、「百噴水」、「ティヴォリの噴水」、「ロメッタ(小さなローマ)の噴水」、「ネプチューンの噴水」など大小500の噴水がある。

独創的で優雅な庭園はルネサンス庭園の最高傑作とも称される。

 

エステ家:北イタリアの有力な貴族。リグーリア地方やミラノを支配していたロンゴバルド族を起源とする。

 

イッポリート2世・デステ:

16世紀半ば、ローマ教皇の座を巡る争いに敗れて、1550年、ティヴォリでの隠匿生活を決めた。ベネディクト会の修道院だった建物を住居として改装し、周囲に大規模な庭園を造らせた。

また、同じティヴォリにあるヴィッラ・アドリアーナを手本にしたとも言われている。これは五賢帝の1人、旅する皇帝も言われたハドリアヌス帝の別荘である。古代ローマの最盛期の皇帝である。ハドリアヌスは旅先で目にした美しいものを別荘内に再現した。

 

アントニ・ガウディの作品群


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登録年:1984年/2005年範囲拡大 登録基準:(ⅰ)(ⅱ)(ⅳ)文化遺産

スペイン

 

スペイン東部、カタルーニャ地方の中心都市バルセロナに点在する、建築家アントニ・ガウディ・イ・コルネが設計した建築物群。

カサ・ミラグエル公園、グエル邸の3件が1984年に登録。

サグラダ・ファミリア贖罪聖堂の一部、カサ・ヴィセンス、カサ・バトリョ、コロニア・グエル聖堂の地下聖堂の4件が2005年に追加登録。

サグラダ・ファミリアについては現在も建築中で、完成している「誕生のファザード」、「地下聖堂」のみ登録。

 

ガウディは1852年に生まれ、建築学校に進学、苦学の末に建築士の資格を取得。

26歳の時、パリの博覧会に作品を出品、これをきっかけに実業家のエウゼビ・グエルと出会う。グエルは良き理解者でパトロン的存在で自邸や別邸の設計を依頼、数々の傑作の建築に貢献。

ガウディは、1883年にサグラダ・ファミリアの建築主任となり、晩年はその設計に専念。しかし、1926年に建築途中の聖堂を残し、交通事故で亡くなった。

サグラダ・ファミリアについては没後、100年にあたる2026年の完成を目指していたが、遅れる見込みとなっている。

 

カタルーニャ地方で興った芸術運動モデルニスモ(フランスのアール・ヌーヴォーと類似した様式で曲線や華やかな装飾性が特徴)を代表するガウディの建築作品の斬新さは、後世の芸術家に多大な影響を与える。

波のようなカーブを描くデザインや、破砕タイルによるモザイク状の装飾といった特徴的な造形は、「自然のなかに、すべての教科書がある」というガウディの哲学を表す。

1984年登録

カサ・ミラ

1910年に完成。新市街のグラシア大通りに建つ集合住宅で現在も人が住んでいる。

実業家のペレ・ミラの依頼で1階がペレの邸宅となっている5階建てのアパート。

切り出したままの石による外壁から、「ラ・ペドレーラ(石切り場)」と呼ばれた。海岸線の断層を想起される曲線、屋根には突き出た峰を表現する独創的な煙突が設置、人工的な自然をテーマとしたガウディの考えが最も顕著に表れた傑作。

室内にはガウディがデザインした機能的な美しい家具が完璧な調和を見せて設置され、現在、博物館として機能する最上階と屋上及び住居スペースの一部を見学できる。

カサ・ミラ - Wikipedia

カサ・ミラ - Wikipedia

 

グエル公園

グエル伯爵とガウディの夢が作り上げた分譲住宅で1900年から1914年の間に建築された。自然と調和を目指した総合芸術を作り上げようとした。この頃、バルセロナでは急速な工業化が進んでおり、2人の想いとは対極な方向へ世の中は進んでいた。そのため、2人の考えは理解されなかった。広場、道路などのインフラが作られ、60軒が計画されていたが、買い手がつかず、結局売れたのは2軒だけで、ガウディとグエルの2名のみであった。グエルが亡くなり、工事は中断され、市の公園として寄付されることになった。

アートに触れる 「グエル公園(Parc Güell)」 | 新婚旅行 ...

アートに触れる 「グエル公園(Parc Güell)」 | 新婚旅行・ハネムーン予約 - アニバーサリートラベル

 

グエル邸

ガウディがグエルのために初めて行った工事。

ガウディにフランス式庭園の改築と、門番小屋と厩舎の新築を依頼。

 

2005年登録

サグラダ・ファミリア贖罪聖堂(生誕のファザード、地下聖堂)

綿密に構成された象徴詩的なシンボロジー共に、パラボリック(放物線状)な構造のアーチや、鐘楼に据えられた自然主義象徴主義の混在する彫刻などで、大胆な建築様式を誇っている。

生前のガウディが実現できたのは、誕生のファザードと地下聖堂など全体の4分の1未満。

当初、2026年の完成を目指していたが、2020年からの新型コロナウイルスの流行によって、スペイン国内でもロックダウンを余儀なくされ、工事も中断、さらに収入面での減少もあり、完成は遅延される見込みとなっている。

2021年時点で、全18基が予定されている尖塔のうち9基目、完成済みの尖塔としては最も高く(138m)全18基の中でも2番目に高い塔となる聖母マリアの塔が完成した。これ以前の塔の完成は1976年であり、45年ぶりの尖塔の完成である。

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サグラダ・ファミリア聖母マリアの塔、12月8日ついに完成、星に点灯|2021年12月最新情報 - ばるログ in バルセロナ

 

カサ・ヴィセンス

レンガやタイルの工場の社長であったマヌエル・ビセンスとその家族の住居として建築された。ガウディの初期作品でムデハル様式の影響を受けている。

カサ・ヴィセンスの写真素材 [56572770] - PIXTA

カサ・ヴィセンスの写真素材 [56572770] - PIXTA

 

カサ・バトリョ

1877年に建築された。ガウディは依頼を受け、1904年から1906年にかけて、この邸宅の改築を行った。

曲線を特徴とするモデルニスモの顕著な作例とみなされている。

カサバトリョ バルセロナ大行列必至の可愛いガウディ建築 Casa ...

カサバトリョ バルセロナ大行列必至の可愛いガウディ建築 Casa Batlló - Petite New York

ちなみにカサはcasaの意で「家」などを意味するそう。

コロニア・グエル聖堂の地下聖堂

コロニア・グエルとは、事業の繊維工場を中心とした工業団地のこと。その工場で働く労働者たちが職場近くで住めるように、敷地内に住居や学校、病院なども作られた。

この団地に礼拝用の教会が建てられた。

1898年に建築依頼をされ、計画に10年を要し、着工は1908年となった。それから6年後、ガウディはサグラダ・ファミリア聖堂に専念するため、助手たちに任せることになった。1915年、半地階部が完成、教会堂として利用された。

それから仮設の屋根などがつけられたが、1916年には工事が完全に中断された。

そのため今でも上層は未完成のままとなっている。

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ーーガウディ!の、世界遺産!未完の教会! コロニア、グエル地下聖堂!ーー : マダムジュリアンの独り言

 

 

 

 

 

 

カカドゥ国立公園 2022.7.17(日)


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登録年:1981年/2011年範囲変更、1987年、1992年範囲拡大

登録基準:(ⅰ)(ⅵ)(ⅶ)(ⅸ)(ⅹ) 複合遺産

オーストラリア連邦

 

オーストラリア北部に位置する、オーストラリア最大の国立公園である。

雨季や乾季、大湿地、熱帯雨林、サバンナ、干潟など、四季に応じて色んな姿を景観があり、多種多様な動植物が存在する自然。そして、オーストラリアの先住民であるアボリジニが居住する場所でもあり、人類最古の石器といわれる4万年前の斧や、1,000か所以上で発見された岩壁画がその土地にアボリジニが代々暮らしてきたとされる証明をしている。

 

ドナウ・デルタ 2022.7.3(日)


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登録年:1991年 登録基準:(ⅶ)(ⅹ) ルーマニア

 

中央・東ヨーロッパの10カ国2,860㎞を流れるドナウ川は、黒海に注ぐ手前で3支流(キリア川、スリナ川、聖ゲオルゲ川)に分かれ、ヨーロッパ最大の湿地帯を形成している。約5,470㎦という広大な三角州「ドナウ・デルタ」には、数十種の野生動物や300種にのぼる鳥類、45種の淡水魚を含む100種以上の魚類が生息する貴重な大自然が残る。

ヨーロッパ中央部、東部、中東、アフリカを移動する渡り鳥にとっては貴重な場所。特にモモイロペリカンやハイイロペリカンにとっては繁殖地として重要な環境。

 

華麗なる、東欧Rowing②」 - 「Rowingの志」

ドナウ川はヨーロッパで2番目に長い大河。ドイツ南部の森林地帯「シュヴァルツヴァルト(黒い森)」を源流とする。