琉球王国のグスク及び関連遺産群

登録年 2000年  登録基準(ⅱ)(ⅲ)(ⅵ)文化遺産

沖縄県

登録基準

登録基準(ⅱ)

グスク跡などは、日本、中国、東南アジア諸国との政治的、経済的、文化的な交流の過程で成立した独立王国のなかで築かれたものであり、独自の発展を遂げた琉球地方の特殊性を示す。

 

登録基準(ⅲ)

グスク跡などは、農村を基盤に成長した豪族(按司あじ)が、防衛のために築いた城塞跡であり、失われた琉球社会の象徴的な考古学的遺跡。歴史的にも農村集落の中核をなし、先祖への崇拝と祈願を通じて、住民同士の連帯を深める心のよりどころとして、今も重要な役割を担う。

 

登録基準(ⅵ)

現在残る遺構や建造物は、琉球地方における独特の信仰形態の特質を表している。グスク跡は農村集落の聖域としての機能を備えているものも多く、学術的に重要なだけではなく、現在も祭祀が行われるなど地域住民にとっての精神的なよりどころ。国家の祭祀拠点であった「斎場御嶽:さいふぁうたき」は、海の彼方に「ニライカナイ」と呼ばれる神の国があるとする琉球独自の自然崇拝的な信仰と密接に関連している。WWⅡで大きな被害を受けた沖縄が復興する際にも。精神的なよりどころとして役割を果たした。

 

 

構成資産の概要

琉球王国のグスク及び関連遺産|日本の世界遺産の旅|オリオンツアー

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12~16世紀にかけて沖縄地方で数多く造営された「グスク」と呼ばれる城塞建築を中心とする遺構。日本、中国、東南アジアなど多くの国々との交易圏にあたる沖縄地方では、中継貿易による豊かな経済的発展を背景に、15世紀に独立国である琉球王国が成立。周辺国から影響を受けながらも、技術・芸術的に優れた文化が独自の発展を遂げる。

首里城

三山時代の中山王の居城。琉球王国成立後、政治・経済・文化の中心地となる。正殿、北殿、奉神門などの建造物を囲む1,080mの重厚な城壁の石積みには「布積み=高さを水平にそろえて積み、横目地が一直線になる積み方」、「相方積み=石材を加工しし、自然にかみあうようにした積み方」が混在。

首里城火災


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2019年10月31日午前2時40分頃、火災発生。

正殿、北殿、南殿が全焼。ほか、合わせて7棟の建屋延べ4,800平米が焼失。

首里城が焼失は、1453年、1660年、1709年、1945年、2019年

史上五度目。

 

今帰仁城

三山時代は北山王の居城。琉球王国の成立後は、北山監守の居城として使用。東を川、西を谷、南を急斜面の丘に囲まれた要害に立地、周囲には自然石をそのまま積み上げる「野面積み」の城壁が曲線を描くように巡らされている。

 

座喜味城跡

読谷村び西海岸に残る。15世紀に有力按司の護佐丸によって造営。現在は城壁や、沖縄最古とされるアーチ型の城門などが良好な状態で保存。

 

勝連城跡

沖縄で現存する最古のグスク跡。15世紀半ばには、阿麻和利の居城。自然の丘に高低差の異なる曲線が配され、南側に良港を備えていた。城内にはコバノツカサ神などを祀る拝所があり、L字状に石が置かれたトゥヌムトゥと呼ばれる祭祀場所がある。

 

中城城跡

標高約170mの高台に残るグスク跡。かつては護佐丸の居城で、阿麻和利の居城であった勝連城とは中城湾を挟む対岸の地に立っている。

 

玉陵(たまうどぅん)

1501年に第二尚氏王統第3代王、尚真によって築かれた陵墓。沖縄地方の伝統的な墓所形態の1つである破風墓。

 

園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)

首里城にある森で、そのひゃんうたきに通じる石門。木造建築の様式に則った石造建築という特色をもつ。森自体は、WWⅡで焼失したが、石門は今も残り多くの人が参拝に訪れる。

 

識名園

1799年に造営された王家の別邸。沖縄戦で破壊された後、1975年から1996年にかけて修復され、往時の姿を取り戻す。

 

斎場御嶽

祭祀をつかさどった「神女」の最高位である「聞得大君:きこえおおきみ」による「御新下り」の儀式などが行われた聖地。御嶽内には「三庫理(さんぐーい」「大庫理(うふぐーい」「寄満(ゆいんち」などの拝所がある。

 

歴史

沖縄地方では、10世紀頃から自衛的な農村集落が成立。こうした集落を基盤に台頭したのが、按司と呼ばれる豪族。12世紀になると有力按司が各地に台頭し、群雄割拠の時代であるグスク時代を迎える。現在遺構が残るグスクの多くも、この頃の居住と防衛のために造営したものである。15世紀になると、有力按司のなかから複数の按司を束ねる「王」が登場。沖縄地方には「北山」「中山」「南山」と呼ばれる小王国が成立。三国はおもに中国との交易を背景に勢力を伸ばし、各地のグスクもより強固で、大規模なものへと発展。三国による対立状態が続くなか、中山が1429年に統一を果たし、琉球王国が誕生。1458年に勝連城を拠点とする按司の阿麻和利の乱が勃発したが、これを鎮圧し中央集権国家の体制が整う。1477年第二尚氏第三国王尚真のもと行われた城下の整備、王族の女王を神職とする神女組織の創設などをはじめとする祭政一致の改革が行われた。

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龍の爪にまつわる話

中国といえば龍が好き。そんなイメージはないでしょうか。現在の中国でもスポーツ選手のユニフォームに龍がデザインされたりと今でも大事にされている印象です。

さて、この龍の爪にまつわる話として爪が3~5本とばらつきがあるようです。

中国の明や清の時代において5本指の龍を使っていいのは中国皇帝のみとなれていました。そのため、当時中国で描かれた龍は皇帝よりも格下を示す4爪龍が多く、さらに格下として3爪龍だったそう。

 

沖縄も当時、琉球王国として成長している時代中国との交易の影響も多く、皇帝に配慮したといわれ、4爪龍を用いています。同じように周辺諸国の韓国なども同様です。

日本は、3爪龍で描かれることが多いですが、日本はさらに格下だったのかと言われるとそこは誤りのようで、日本では偶数を嫌うことが多く、神聖で縁起のいい数字である奇数を用いたと言われています。4は死という意味も連想しますし、3という数字におさまったのではないかと言われています。

 

過去問にチャレンジ!!

2017年7月1級問題

【問32】

斎場御嶽にある拝所として、正しくないものはどれか

①寄満 ②園比屋武 ③三庫理 ④大庫理

 

解答 正解は②

 

2016年7月1級問題

【問36】

琉球王国のグスク」に含まれる「首里城跡」などの城壁で見られる石積みで、以下の特徴をもつものとして、正しいものはどれか。

[ 格段の高さを水平にそろえて積み、横目地が一直線になる積み方である。 ]

 

 

解答 正解は①

 

2016年12月1級問題

【問73】

琉球王国のグスク及び関連遺産群」に含まれる「勝連城跡」に関する以下の文中の語句で、正しくないものはどれか。

[ 勝蓮城は、(①阿麻和利)が拠点とした城である。(②自然の丘)に高低差の異なる曲輪が配され、(③南側)には良港を備えていた。また城内には、(④トゥヌムトゥ)神を祀る拝所があった。 ]

①阿麻和利 ②自然の丘 ③南側 ④トゥヌムトゥ

 

 

解答 正解は④

神はコバノツカサ神であり、トゥヌムトゥは祭祀場所である。

 

 

宿泊

沖縄本土全体に渡り、遺産が登録されていますが、比較的中部以南に多い印象。やはり那覇周辺かリゾートホテルが多くある読谷村から恩納村周辺に泊まるのも1つの手。

 

ルネッサンスリゾートオキナワ

 

様々な体験ができる体験型リゾートホテルだそう。ファミリーにはうれしいホテルです。本土の中心に位置するので、ホテルゆっくり過ごしたい方にも本土を回りたい人にもうれしい場所です。